餓狼伝 Vol.215



長田ー!俺(梶原)だー!結婚してくれー!
さらば長田。こんにちは丹波。
敗残者の処理は丹波に任せろ。
俺は出来たての高級料理だけじゃなく、捨てられた残飯だって食う男だぜ。


とある道場で稽古に勤しむ男がいた。
人間凶器片岡輝男だ。
その実力は間違いなく北辰館トーナメントの中でも屈指である。
タフネスに長ける鞍馬に大打撃を与えるほどの攻撃力は全選手中トップクラスと言っても過言ではないだろう。

片岡は砂が詰まった人間の頭ほどの缶に手刀を撃ち込む。
重く硬そうな砂入りの缶が揺れる。
さらに鞍馬に破壊された右手でも手刀を撃ち込む
骨折しただけあり包帯が巻かれている。だが、鍛錬には躊躇なし。
まさしく人間凶器だ。
脅威の破壊力も己の苦痛を越えた鍛錬によって培われたものなのだろう。

片岡の2000回にも及び手刀のを目にしていた門下生、佐野は片岡に驚嘆する。
早朝の稽古、午前と午後の個人稽古、夜の連合稽古、そして拳やスネなどの部位鍛錬。
1日中ずっと稽古に撃ち込む片岡の姿勢に畏怖の念を抱いていた。
同時に佐野は何故そこまで自分に厳しくするのかを問う。
答えは朝から夜まで仕事をしている人間はいくらでもいる。である以上、専門家だから稽古尽くしも当たり前だと答える。
その答えに佐野は得心が行かない。専門家だからと、納得の出来る稽古ではないのだ。

「怖いのだよ」

20年以上もの間、武に打ち込んできた片岡は路上の実戦で打ちのめされることが耐えられないという。
もしも、そのような時が、路上の現実が訪れた時には自我が崩壊するとまで言う。

「そんな不安から一度だって解放されたことがない 折り紙付きの臆病者なのだよ」

片岡は佐野に自分の心中を吐露する。
北辰館トーナメント2回戦、門田との試合の前で片岡はコンクリートの壁を叩いていた。
理由は異形の拳を維持するため、そして維持できなくなることが不安だったからだ。
片岡は自分の強くなるためではなく、強さを維持するために厳しい鍛錬に取り組んでいるのかもしれない
だとしたら、後ろ向きな理由だ。

1回戦では対多人数を意識した心構えを見せていた。2回戦でもダメージに耐え抜く精神力を披露した。
その姿は現代の武士そのものだった。
だが、鞍馬に敗北したことで片岡の歯車がズレたのか?
敗北した時そのものは敗北を前向きに受け入れていた。しかし、思い起こせば大ダメージだったのか。
何にせよ佐野が疑うほどに今の片岡の芯は脆くなっている。

門下生に弱い姿を見せたその時、道場に丹波が乱入した

「靴を脱がんかァッッ」

ええ?やっぱり、ツッコミどころはそこなの?
「バキ」で克巳は道場に土足で入った死刑囚たちに、いの一番に土足であることを注意した。
同じ空手家である片岡も道場に土足は許し難いらしい。
いや、突っ込むところを間違えている気がする

ともあれ、前回、長田を一蹴した丹波の乱入だ。
実戦派として有名な男であるらしい。
その男が人間凶器と名高い片岡の前に現れた。
一流同士だ。
何が起こる!

(この男…?!!)
(この男……ッッ 見てる…ッッ この顔…ッッ)


丹波知名度低ッ!
おいおい、片岡さん。丹波を知らないのかよ。
そう、丹波本人に煽られてしまいそうだ。
自分の知名度の低さを逆手に取った煽りである。
墓穴を掘っているけど。

片岡は一拍子置いて、丹波の名前を思い出す。
おお、さすが丹波。業界では実戦派で名を轟かせるだけはある。
でも、即思い出すほどではないんだな。
この辺が主人公らしくない扱いに直結しているのか?

丹波の目的は道場破りだろう。
それ以外に何もない。
それくらいしか活躍の場もない。

しかし、片岡が受けてくれるのだろうか?
だが、こういう時に知略を光らせるのが丹波だ。
まずは佐野を煽る。人間凶器片岡の実戦を見たくないかと。
佐野はあれほどの鍛錬を見た。ならば、その鍛錬が実戦でどのような力を発揮するのか…見たいに決まっている。
こうして佐野の心を掌握された。
今断ると佐野から反対されてしまうことだろう。佐野を説得している間に不意打ちを食らうかもしれない。
片岡は丹波と戦う以外の道を閉ざされてしまった。

丹波は「佐野くん」と名前を呼んでいることから、扉の影で盗み聞きしていた一連の会話を聞いていたらしい。
片岡の本音も聞いたことだろう。
もしかしたら、こいつは日和っているから勝てると思ったからこそ喧嘩を挑んだのかもしれない
勝てない喧嘩はしないのが武道だ。
丹波のやっていることは正しい。正しいが諸手で賞賛したくないのはなぜだ?

片岡は覚悟を決めた。他流試合に臨む気だ。
だが、丹波は他流試合ではなく、路上の現実――喧嘩だと主張する。
始めも止めもない、ノールールの決闘だ。
である以上、もう始まっている。
丹波は試合開始と言わんばかりに間合いを詰め始めた。

「近付くな…ッ それ以上」

でも、片岡は乗り気ではなかった
右手を負傷しているのもあるが、片岡は職業武道家としての社会的な身分を持っている。
昼夜問わず鍛錬に励めるのもその身分があるからこそだ。20年に渡る武道家人生によって積み重ねてきた貴重な財産である。
ヘタな喧嘩をすればその身分が失われてしまう。
このような形式の喧嘩は望むものではないのだろう。
まして今回は軽くいなせる相手ではない。本気で打ち込む必要があるだろうし、その結果、殺めてしまうかもしれない。
その時は…多くのものを失ってしまうだろう。

だが、丹波には失うものは何もない。
社会的身分が何もないどころか何をしているのかすら不明だ
片や武道の師範、片や一匹狼の餓狼…
この差に丹波はつけいる気なのか。
そして、目の前の戦いに臨めていない片岡は真の武道家ではないのか?

「片岡…」
「本番だッッ」


目と鼻の先まで丹波は近づき、吠える。
片岡の顔も足も冷や汗に包まれている。
戦う準備が出来上がっていない。

丹波の叫びを合図としたように、二人は同時に拳を出す
ここに主人公VS人間凶器のビッグマッチが実現した。
メンタル面での弱さを見せたものの、危機が迫れば身体に染みついた技が動くのが武道家の性だ。
身体に染みついた鍛錬は片岡を支えてくれるか?
次回へ続く。
次号は休みなので次々号で掲載だ!
完全に月刊餓狼伝になっていますね、これ。


新章は丹波文七道場破り編と相成った。
長田を弄る程度では飽き足りないらしい。
そして、長田の後に片岡を選んだことから、片岡の評価は長田よりも高いようだ。
スポーツではなく武術の世界に生きる男だからか?

そんなわけで片岡が待望の再登場を果たした。
3回戦で敗北したものの、その実力は素晴らしいものがある。
策を弄さなければ鞍馬は負けていたのかもしれない。
十分な実力者だ。
今後、片岡の活躍を期待できるのだろうか?
いきなり虎王でカウンター取って勝負ありとかはちょっと遠慮してもらいたい。
凶器の名に相応しい拳を一発二発は食らって欲しい。

北辰館トーナメントのスポーツ代表長田を一蹴した丹波は、今後は武道関係者と戦っていくのだろうか。
そうなると期待できるのがやはり伝統派空手の神山徹だ。
今こそ当てた時の神山の破壊力を見せる時だ。
でも、空手を止めてしまいそうだと松尾象山にダメ出しされていた。
復帰は難しいか?

ともあれ、丹波の逆襲の時が来た。
出番がまったくなかったあの時代に別れを告げよう。
イブニング読者に誰が主人公なのかをハッキリさせる!
でも、イブニング読者的には長田が一番主人公に見えるよな。
その長田を一蹴した丹波はいい悪役に見えるに違いない…


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