範馬刃牙 第134話 結晶(たからもの)



ピクルは克巳に合掌を捧げた。
文明なき時代に生きた知識なき雄が最後に行った行為が合掌であった。
克巳はピクルに勝てなかった。
だが、静かに深くピクルの心を揺るがした。

克巳は全身を精神力を持って多重関節にするという脅威の精神力もとい妄想力を以てピクルに挑んだ。
そして、五体の犠牲も覚悟していたし自分の死も覚悟した。
その精神力に肉体はついていけなかったが、壮絶な心意気はピクルに届いたらしい。
克巳は肉体力で負けて精神力で勝ったのだ。

でも、腕を失ってるのはデカすぎるよね。困るよね。
克巳の生死の岐路はこれからである。
勇次郎にネタキャラにされたどん底から、抱かれたい男No.1の地位まで登り詰めた克巳の人生やいかに。
満21歳となるのか、享年21歳となるのか。


ピクルは合掌している。
その姿からは微かに後光が差し込んでいる。
立ち上がるだけで美しさを感じさせるような人体本来の機能に満ち満ちた存在が、本能とは無関係の文明的な行為を行う。
ひどいギャップがあるからこその美しさを生み出しているのだろうか。

[挑まれ――――――]
[戦闘(たたか)い――――――]
[勝利し―――――]
[食す]
[襲いくる――――――― 迎え撃つ―――――――]
[戦闘(たたか)う]
[勝つ]
[食す]

ピクルは克巳が真マッハ突きの構えを取った時のように2億年前を思い出す。
自分より遥かに巨大な相手の首を全身で締め上げ、踏みつけを全身で受け止め、全身を伸ばしたアッパーを放ち、
全身全力で強敵と戦って食らって来た。

現代では全力で全身で戦う相手がいない。
烈や克巳との戦いで全力を出しても、その時点で戦いは終わってしまった。
現代には本当の意味で全力で戦える相手が存在しないのだ。
強敵はいれど、全てをぶつけられる相手がいない。
そういった存在が2億年は溢れていたらしく、それと比べると現代は自分を持て余してしまう世界だろう。

[群雄割拠のこの時代]
[餌に事欠くことなかった]
[奪う相手には不自由しなかった]
[相手は超ド級のヘビー級]
[何の遠慮がいるものか]
[遥かに強大な相手から奪い取る]
[誇らしかった]


強いからこそ食す。
自分よりも上の存在だからこそ食らう。
ただの野生ではなく、そこには雄としての誇りがあった
だからこそ、強敵ではない存在を食わないのだろう。

ピクルの餌となるには厳しい審査基準があった。
そんなピクルに克巳は餌と認められた。
ある意味、光栄である。克巳も命を差し出したくなる。
いいのか、俺は強敵しか食わない男なんだぜ。

でも、トラックは強敵認定されたから、はやい・おっきい・かたいのどれかを満たしていれば強敵認定されるようだ。
とはいえ、その水準がよほど高くないとダメだけど。
マッハを出すくらい速くなければいけないし、恐竜クラスにデカくないとダメだ。硬さは金属級…
どれか一つでも満たせる生物は現代にはほとんど存在しない。
まして人間がそれを満たせるかとなると…格闘家くらいだな。

[そして今―― 新たな敵がここにいる 自分より弱小(ちい)さな敵……]
[弱小(ちい)さな脚をぶつけてきた]
[弱小(ちい)さな手を―――― ぶつけてきた]
[爪も―――――― 牙も―――――― 毒すらも持たぬ弱小(よわ)き者…………]


倒れる克己を雑魚判定した。
弱小って4回も言っちゃったよ。
烈がそうだったように天才空手家愚地克巳の身体能力を持ってしても、ピクルにとっては弱小だった。
独歩が賞賛した克巳の身体能力も過去のものになった。
ピクルの身体能力にかなうのは…やっぱり範馬一族くらいか。

なお、爪と牙だけでなく毒を挙げていることから、ピクルは毒と戦ったことがあるようだ
毒は刃牙にも有効なバキ世界のリーサルウェポンですよ。
それを克服している可能性があるとなれば、さらに打つ手がなくなる。
クロロホルムのプールの中にいても、まったく中毒症状を起こさなかったのも対毒の経験があるからか?
ピクルも毒を打ち込まれ、それを裏返す日々を過ごしていたのかもしれない。

[しかしその攻撃たるや強烈無比!]
[T-レックス(あいつ)の牙――――――]
[トリケラトプス(あいつ)の角―――――――]
[スーパーサウルス(あいつ)の踏みつけ(スタンプ)に匹敵するほどにッ]


克巳は弱い。
だが、強かった。
生物としての強さは恐竜たちに劣っているというのに、その攻撃力は恐竜たちに匹敵していた。
その破壊力たるや3度もダメージによるダウンを経験するほどだ。
生物としての強さが闘争の強さに直結していた2億年前とはまるで違う。
そのことがピクルの心を揺さぶるのだろうか。

克巳の姿はある意味ピクルそのものと被るのかもしれない。
圧倒的にスケールの劣る肉体を用いて、自分より大きな存在へと挑んでいく。
それはピクルが恐竜に挑むのと似ている。
似たような境遇にいるからこそ、克巳の凄さを理解したのだろうか。
似たような境遇にいる男が、恐竜並みの攻撃力を見せたことに驚愕しているのだろう。

[言葉を持たぬまま理解(わか)ることがある]
[この弱小(ちい)さき雄はおそらく―――― 犠牲を払ったのだ]
[犠牲という言葉は知らなくとも 犠牲の本質は理解する……]
[この雄は多くの努力と引き替えに 強大な武器を手にしたのだろう]
[弱小(ちい)さな手のまま][弱小(ちい)さな足のまま]


空手家としての全てと引き替えに克巳はピクルを驚愕せしめるほどの攻撃力を手に入れた。
弱いまま、ピクルと対等に戦うためにその武器を手に入れた。
それは犠牲なくしては出来なかった。
そして、その犠牲がどれほどのものか、どれほどの意味を持つのかをピクルは理解していた。
克巳とピクルは心で通じ合っていたのだった。

ちょっと違うかもしれないが、久しぶりに戦いを通して芽生える心の交流がここに生まれた。
そういえば、この理論を提唱した当の刃牙はまったく交流していない
恋人抱いて逃亡とかその間実に2秒とか金的してチョークとか、交流する要素がない。
ルミナとピクルをダチにしたけど、それは本人から言ったことだし別枠だ。
特にピクルはテメェ何勘違いしているんだよ、と言わんばかりだ。

克巳は暴れ狂うライオンをあやしたことがあった。
烈とも愛情友情が芽生えたし、ドイルとの死闘の果てに友情を育んだ。
ある意味、克巳は友情の達人だ
門下生たちが克巳を慕うのも、その本質をわかっているからかもしれない。
まるで主人公みたいだ。
ヘタしたらタイトルが「範馬刃牙」じゃなく「愚地克巳」になっている可能性がある。

[言葉を持たぬまま理解(わか)ることがある]
[あんなに柔らかく小さなものを――]
[牙に―――][角に―――]
[爪になるほど研磨(みが)きあげたのだ]

おそらくピクルが強かったのはピクルだったからだ。
勇次郎が勇次郎であるから強かったように、ピクルは生まれた時からピクルだったから強かった。
強くなるのに努力というものとは無縁だっただろう。
強いということに疑いを持つこともなかっただろう。

しかし、克巳は違う。
天才と言われ膨大な努力こそすれど、大きな苦もなく強くなることが出来たことだろう。
だが、その後に烈という壁にぶつかり、死刑囚という石につまづいた。
しまいには勇次郎にヘタれ扱いされてしまった。
天才愚地克巳はどん底まで叩き落とされた。

そこからピクルを目標に自分を鍛え直した。
弱き自分でも強きピクルに勝つべく、真マッハ突きを身に付けた。
そして、空手家としての人生を犠牲にファイナルマッハ突きを放った。
弱き者が強き者に対抗できるほどに、弱きままで強くなった。
言葉がなくても理解の出来るほどの苦難の道のりだ。

[かけがえのない結晶(たからもの)………]
[それほど貴重な宝を差し出された]


空手は克巳の財産だった。
21年の人生で積み重ねてきた空手の結晶を何一つ出し惜しむことなくピクルにぶつけた。
貯金ゼロで残高ゼロだ。
そして…ピクルに空手家の命である右腕を差し出した。
才能と努力と覚悟で磨き上げた自分の全てである空手の結晶を渡したのだ。

[努力 犠牲 弱小 結晶 研磨 宝……………………
 何一つ言葉を持たぬまま理解していた]


ピクルは克巳を理解したからこそ、その行為の持つ意味と大きさも理解した。
ピクルにとっては克巳の右腕はどんな宝石よりも価値があり、どんな偉人よりも崇高なモノに見えているに違いない。
宝石の価値も偉人の偉大さも知らないだろうけど、イメージ的にはそんな感じだ。

ピクルは克巳を心から尊敬するべき対象と認めた。
合掌を止めて手を下げる。
リスペクトタイムは終わりだ。
問題はこれからだ。
食うのか?やっぱり食うのか?
いや、もう勘弁してください。

ピクルは立ち上がり歩き出す。
向きは…克巳とは正反対だ。

[初めて選択する空腹のままの帰路
 雄(ピクル)の五体に得体の知れぬ満足感が行きわたる………]


ピクルは克巳どころか噛みちぎった右腕も食わず…帰った。
克巳の壮絶な覚悟とその精神はピクルの心に届き、獲物を食わずに帰るという人生初の選択を行わせた。
敗北はしたもののただの勝利以上の結果を残した。
克巳という男が全てを投げ捨ててピクルにぶつけたモノは、ピクルの中にたしかに刻まれた。
次回へ続く。


克巳は無事生還した。
それは自分の全てを使い果たしたから出来たことであった。
ピクルタックルに出し惜しみをして真マッハ突きなんかをやったら、全身丸ごと食われていたのかもしれない。
右腕を骨だけにして、命を差し出したからこそ、生き残れたのだった。
克巳の覚悟は無駄ではなかった。
これで出血多量で死んだとなれば笑えなさすぎて笑える。

食われずに生還したことから、何とか右腕をくっつけられるかもしれない。
でも、噛みちぎったとしたら断面がボロボロだろうし難しいか?
そもそも、骨だけになった右腕をくっつけても…
というか、食わないのなら噛みちぎらないでも…
まぁ、生還できた以上、これ以上文句を言ってもしょうがないか。

克巳VSピクルはただの力のぶつけ合い以上の勝負となった。
圧倒的な肉体でねじ伏せたピクルに対し、克巳は原人の心に届くくらいの精神力で対抗した。
関節多重化も精神力の為せる技だし、身体を犠牲にマッハ突きを敢行するのも精神力の為せる技だ。
烈との戦いでピクルに技術を叩き込んだのなら、今回は精神力を叩き込んでいる
どちらも2億年前の闘争では用いられなかったモノだ。

同時に克巳という男の生き様をぶつけた勝負でもあった。
バキには全てを尽くした勝負なら幾度となくあった。だが、全てを捨てた勝負はない。
それだけに熱さ以上に悲しさもまた漂う胸を打つ戦いとなった。
…刃牙には一生かかっても出来そうにないな…

でも、空腹のままだとどうするんだ?
やっぱり、トラックぶつけちゃう?
これを期に戦った相手以外から食すことも学んで欲しい。
一食一人じゃさすがに…

今なら生肉を置いておけば食らってくれるかもしれない。
ティラノサウルスのステーキを作っておくのも有効だ。
好物だから襲い掛かっていないのに食べてくれるぞ。

さて、次は誰がピクルへと挑むのだろうか。
厚木基地同窓会に出席した戦士はまだ6人も残っている。
しかし、二人が脚を食われ腕も食われた中でまだ戦う気概の残っている戦士はどれほどいるのだろうか。
ピクルが食わずに戦いを終えるという選択肢を身に付けたのがいいが、それはあくまで食わないだけだ。
噛みちぎったりはする以上、危険度は未だ据え置きである。

実力+命知らずとなればもうジャックくらいしかいなそうだ。
野生と天然で超パワーを身に付けているピクルとは対照的に、ジャックは薬物と骨延長手術という科学力で超パワーを身に付けている。
野生対科学のパワー勝負と戦いのテーマとしては完璧である。
お互いに人を噛むことに躊躇を覚えないことから相性もばっちりで最悪だ。
…バキ掲載史上もっとも痛々しい戦いになる予感がする。

烈と克巳の例を見るにピクルとの戦いには現代の戦士ならではのテーマを与えていることから、
他の6人はそれぞれの持ち味を活かせば腕一本くらいで許してもらえる気がする。
ジャックはさっき書いたように科学と原始のパワー勝負だ。
ガイアは戦争のプロとしての戦い方だな。申し分ない。
寂海王は究極の人間力がある。ありすぎて対応に困る。勝利宣言されたらどうしたらいいんだ。
独歩と渋川先生は武術家としての戦いをすることだろう。技術とも違う武術はピクルにとっても効果はあると思いたい。
昂昇は…アレ?どうすればいいんだ?
でも、昂昇がドイルとの戦いで見せた新生斬撃空手は格好良かっただけに活躍に期待したい。
いくら人間が四肢の鋭さを鍛えたところで恐竜の牙や爪の切れ味には及ばんッッッ、とかペイン博士に言われそうではあるが。

昂昇も克巳みたいに必殺技に磨きをかけてみるか?
あなたに502年目の空手を伝えたいと右腕を失った克巳が呼びかけるのだ。
その結果生まれたのがマッハ紐切りだ!
マッハの速度で紐切りを行えばピクルの鍛えられた皮膚とて貫いて視神経を切り刻める。
ただし、指が骨だけになる。



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