範馬刃牙 第145話 柔軟性



ピクルがついに食われた。
二人の戦士に一生ものの傷を負わせたピクルだったが、自らが同じ目に遭ったのはこれが初めてだ。
現代だけでなく白亜紀から数えても初体験である。
これは白亜紀最大の強敵、ティラノサウルスですら成し遂げなかった偉業なのだ
まぁ、耳だけど。…耳なんだよな。
ともあれ、範馬一族は恐竜よりも手強いぞ。どうする、ピクル。


噛み切られ、蹴飛ばされた耳がピクルの顔面に衝突する。
その耳を手に取り、鏡を知らない――
つまりは自分の姿、特に顔周りを知らないピクルだったが、それが自分の肉体の一部だったことはすぐに察する。

ピクルは激痛(いた)みを感じていた。
生物離れしたタフネスを誇るピクルと言えど、身体の一部を失えばさすがに痛みを感じるようだ
あと金的でも痛みを感じる。
突破口は鞭打か?
刃牙よ、鞭打を使えッッッ。
人間の身体を鞭にしたところでTレックスの尾の柔軟性と重量感にはかなわんッッッとダメ出しされる。

噛み切られた左耳からは当然のように出血する。
さりげなくピクルの出血はほぼ1年ぶりだ。第100話
ここ1年、いろいろあったけれど出血させることは今まで出来なかった。
マッハの速度でも出血しないのは…ちょっとズルい。

ピクルは痛みの他に聴いていた。
地下闘技場という完全無音の中で、音ではない静寂の無音音を聞いていた
無音を聞くというのも不思議だが、白亜紀の頃は完全無音の環境などない
故に無音そのものがピクルにとっては特別な音になり得るのだ。

人間は音量の大小問わず何らかの音を常に聞いているから、無音というのは特殊な環境に位置する。
完全無音の状態に人間をおけば、ストレスを与えられるらしい。
そんな環境でピクルは易々と眠れたな。
あるいは何だかんだでピクルに対して遠慮のない徳川光成やペイン博士が音を立てているのだろうか。

さて、健在の右耳の無音。失われた左耳の無音。
ピクルが聞く無音は双方で異なっていた
無音も音として捉えるというノー文明時代に生きていたピクルらしい感性だ。
文明を享受すれば喜んでポエムを書いてくれるかもしれない。
知ってたか?全裸は野生の象徴なんだぜ。

[憎悪…………]
[許すまじ……ッッ 決して許すまじッッ]
[我が身の一部を奪ったこの雄(おとこ)――]
[断じて許すまじッッ]


ピクルがキレた!
ピクルが現代の戦士たちに対し、初めて怒りを露わにした
大事な身体を奪ったのだ。絶対に許さねェッッッ。
でも、他人の身体を奪ったのを忘れちゃダメだ
ジャックは食われてなお笑ったのだ。ピクルさんもちょっとは見習ってみてはいかがでしょうか。

それとも、これが餌と捕食者の差か?
現代の戦士たちとの戦いはピクルにとっては食事だった。
餌に対して感心することはあれど、生のままの感情をぶつけることはなかった。
差し出された料理に対して怒りなどの感情を抱く者はいないのだ(103話)。
そんな餌であるはずの獲物に噛み付かれた
捕食者としては、怒るに値する。

(なァ先輩………)
(現代人(おれたち)はさァ……………………)
(進化(すす)んだのかい……?)
(衰化(おとろ)えたのかい……?)


ピクルは激怒(いか)った。
四足歩行など比較にならない惨劇を巻き起こしそうだ。
その怒りを一身に受けたジャックは前回とまったく変わらぬようにピクルに心で語りかける。
何というマイペース…さすがワガママ一族範馬だ。

ピクルの激怒を目の当たりにして心なしかジャックは笑っているように見える
ジャック好みのいい貌であろうか。
これは食事ではなく闘争であることを知らしめるために、急所を狙わずあえて耳を噛み切ったのかもしれない。
何せ健康度外視のドーピングを行い、顔の皮もなくした。
ジャックには失ったものがたくさんあるのだ。
だからこそ、本気のピクルに勝ってこそ価値がある。そういう思惑の元に挑発的行為を行ったのだろうか。

ジャックは奔る。放つのは最強打撃ジャックアッパーだ。
一度は通じなかったジャックアッパーだが、今はマックシング中だ
マックシングを持ってすればピクルの頸椎を超えられるかもしれない。
渾身の一撃がピクルに決まるか!?

バァン

だが、外れた。
ただ外れただけではない。
外れたと同時に怪音が鳴り響いた。
さらにはピクルは同じ位置だ。そして、何故か砂埃が舞っていた
ピクルは間違いなく何かをした。
脅威を感じたジャックはすぐさま後ろへ下がる。

(ギリギリで躱した…!? そんな技術を……ッッ こいつが………!?)
(砂埃………… 何故こんなに…………)
(音……… 何故あんな音が………??)


ジャックは冷や汗を流して大混乱だ。
「?」を2つも使って驚愕と混乱を示している。
同じ位置でジャックの打撃をかわし、突然砂埃が舞って、そして奇妙な音が鳴り響いた…
3つの異常事態が同時に発生したのだ。
マックシングでハイになった思考を停止させるだけの破壊力がある。

「見たか…」

「見たッ」


観戦していた刃牙と烈はピクルが何をしたのか、理解したようだ。
ピクルとの距離を離していたからこそ気付いたのだろう。
その表情は驚きに包まれ冷や汗だらけだ。
小手先の技術などではない。一流が絶句するほどのものをピクルは見せたのだろう。
刃牙なんて驚きすぎて捻ったリアクションをする余裕すらない
「ほうやりおるの、あの原人も」なんてことは言わない。いや、それは本部の役割だよ。
とにかく、ライバルたちの戦いの最中に人の上で眠り始める刃牙はどこへやら。

3つの疑問を抱きながらもジャックは再び踏み込む。
今度はローキックだ。
牽制のためのローキックではない。
ピクルの脚をへし折るが如く、力強く深い踏み込みから放つ力みに力んだローキックである。
実にパワーファイターらしいローキックだ。

その実態はわからないがピクルはジャックアッパーをかわした。
ならば、回避しにくいローキックで削ろうという狙いか。
さらにはピクルの動きを止めることもできる。一石二鳥の攻めだ。
闘争のサラブレッドだけあり、未知の事態に驚きはすれど的確な選択をしている。

バァン

だが、またも音が鳴り、砂埃が舞い、ローキックは空振った。
ローキックは的確な対処であったはずだ。しかし、空振りだ。
そして、空振りを認識した瞬間には、ピクルはジャックの目の前にいた
まったく動かずにかわしたのか?
アッパーならともかく、ローキックをかわすことなどできるのであろうか。
人知を超えた事象が引き起こされている。

ジャックは「オワッ」と言いながら後ろに下がる
その姿はさながらガイアに拳銃をぶっ放されてビビったシコルスキーだ
すごく…カッコ悪いです…
恥も外聞もない驚きようである。
ピクルは範馬一族すら虚仮にするのか?
刃牙は虚仮にされるだけなら一流なのでしょっちゅう虚仮にされます。

観戦者4名はピクルの行動を認識していたが、当事者であるジャックだけがわかっていない。
徳川光成に至っては「無理じゃ…………ッッ」と絶望的な声をあげている
あのジャックですらかなわないと思えるほどのことをピクルはしてのけたのだ。
鬼の貌を出したレベルのインパクトがあるのだろう。

やがて、砂埃は晴れる。
と同時にジャックの混乱はさらに深まる
晴れた時点ではピクルは動いていない。棒立ちだ。
であるのに、ジャックは驚愕した。
一目見てわかる何かが発生したのか?

「あの白亜紀(じだい)のピクルのッッ あの白亜紀(じだい)での闘争法だ(うごき)ッッ」

ピクル専門家であるペイン博士は素早くピクルの謎を察する。
今見せているのはピクルが白亜紀に身に付けた闘争法らしい。
じゃあ、今まで見せてきたピクルの戦い方は白亜紀のものじゃなかったのか?
どこ時代の闘法だよ。
だが、ピクルがやっているのだ。白亜紀以外の何物でもないッッ。
何かすれば白亜紀代表になれる。それがピクルなんだよ!

いずれにせよジャックを餌ではなく敵と認識したことで、ピクルは初めて食事ではなく闘争を見せようとしている
今まであった遊びのような部分が削ぎ落とされていくのだろうか。
相手の攻撃はかわします。ちゃんと急所を狙います。とにかく無駄な動きをしません。
…そういう戦い方ってバキ世界だと弱いんだよな。Jr.とか。
何にせよ「食う」のではなく「喰う」戦いを見られそうだ

「え!!? !? !? !?」
(なんだい……あれ……??)


一方でジャックは…情けないくらいに狼狽していた。
台詞は最大トーナメント決勝の時とよく似ている。
あの時は刃牙の鬼の貌に驚愕したものだった。直後に刃牙の反撃を受けて敗北しました。
…何だか非常に不味い予感がする。
ピクルの逆襲が始まりそうだ。ジャックはそれに耐えられるのか?
次回へ続く。


ついにピクルが怒った。
対戦相手を明確な敵と認定するのはこれが初めてになる。
食うか食われるかの非常にシビアな世界を生きてきたピクルだ。
ただでさえ餌には容赦がないピクルだが、敵にはなおさら容赦のないことだろう。
ジャックは惨劇を覚悟しておいた方がいいかもしれない。

ジャックは餌ではなく敵認定された。
敵だから食われないかもしれないが、負けた時にはひどい目に遭うだろう。
食われずとも噛まれる。せっかく伸ばした身長をなかったことにされる恐れがある。
いざという時には刃牙に頑張って欲しいところだ。
今のビビりっぷりからは期待できないけど。

ピクルにとって烈は恋人。克巳は尊敬。そして、ジャックは敵になった。
ならば、刃牙はどうなるのだろうか。遊び相手から昇格できるのか?
刃牙にとっては親友と書いてダチだけど、あれは勘違いを含むから忘れておこう。
ジャックはピンチだが、刃牙も先が一切見えずピンチだ。
主人公らしい奮起に期待したい。
外伝ブームに乗っかって、範馬刃牙外伝「SON OF OGRE」で単独主役デビュー とかどうだ?

ピクルは白亜紀の闘法を見せた。…らしい。
しかして、一体何をやったのだろうか。
ポイントは4つだ。

・その場から動いていない(ように見える)。
・バァンと音が鳴る。
・砂埃が舞う。
・これらを立っている状態から行っている。


音が鳴り砂埃が舞うことからピクルは大きな動きをしている…はずだが、その場から動いていないように見える。
これらの要素は相反している。両立するような動きはあるか?

また、立っている状態から一連の動作を行っているのも気になるところだ。
四足歩行はピクル本来の構えだった。
だが、本来の構えであるものの闘争のための構えではなかったのかもしれない
己の力を発揮するだけではなく闘争を制するために最適化された構えを見せるのか?
ピクルが実は四足歩行だったのとは逆に今度は二足歩行になった理由が明らかになりそうだ

白亜紀の闘法がどんなものなのか、何とも予想が出来ない。
ジャックが驚くほどであるから、現代の格闘技のセオリーからは考えられない変態的な行動なのだろうか。
鬼の貌のような異形の姿を見せたのか?
ピクルの肉体だからこそ出来る無茶をやったことは疑いようもないだろう。
自身の骨格を一瞬で変化させて手足を出し入れするとか。いや、それ人間違うよ。白亜紀すら無関係だ。
フンドシがちぎれ飛ぶくらいの動きをしてください。

そういえば、ジャックの反応は最大トーナメント決勝の他に、刃牙がオリバの筋肉ボールを見た時の反応とも似ている(第70話)。
白亜紀の激闘を潜り抜けた闘法とはもしや…まさか…絶対たる盾なのか…?
――なかったことしてください。

ピクルの本気を前にするといかにマックシングジャックといえど不利か?
とりあえず、心情的には不利の極みだ。
ここまで露骨に狼狽えるジャックは初めてだ。
その点、克巳はピクルの力に驚きこそすれど、取り乱すことなく自分の全力を尽くすことに集中していた。
あの心構えは堂々としており立派だった。

取り乱しすぎてグルグルパンチするよりはマシだけど…ちょっとこのままじゃ勝てる気がしない。
烈は己の身体に染みついた中国武術が目覚めることで蘇った。
ジャックは…強さに対する執念こそ凄まじいものの、ジャック自身を支えるものが強さにだけ因っている。
その強さを真っ向から打ち破られた時にはジャックはどう己を奮い立たせるのだろうか。
さらなる強さを求めてゲロっちゃうか?
白亜紀の闘法VS現代科学の結晶という変態対決に発展するのだろうか。
食われて虚仮にされようとも、範馬は範馬だ。範馬の底力に期待したい。

一方で刃牙は幸運にもピクルの真の本気を見ることが出来そうだ。
ピクルと戦う上では非常に有意義な情報だ。
刃牙がピクルのリアルシャドーを想像できなかったのも、真の本気が隠されていることを感じていたからかもしれない
だけど、真の本気を見届ければやれるぜ、俺は。明日から。
明日からピクルのリアルシャドーをやるッッ。
いや、それはやるなよ。

しかし、ピクルの真の本気を引き出す役割をジャックが担ってどうするんだろう。
刃牙はほぼ全てのピクルの情報を、自分ではなく他の格闘家によって引き出してもらっている
烈がいなければピクルの凶暴性を知ることは出来なかった。
克巳がいなければピクルの脅威のタフネスとその戦いを知ることは出来なかった。
そして、ジャックがいなければピクルの真の本気を見ることは出来なかった…
いや、ちょっとは自分からも何かやろう。

ここから刃牙がピクルを倒しても他の格闘家の手柄の方が大きそうだ。
少なくとも刃牙だけで勝ったとは言えない。
仮想勇次郎としては不十分だろう。
隅で驚いているだけじゃなく行動をする時が来ているぞ、刃牙。

ピクルの真の本気はジャックを一蹴するほどのものなのだろうか。
だとしたら、刃牙はヤバい。
ジャックがかなわない相手に刃牙が勝てるかとなると…勝っちゃうのが刃牙でもあるけど普通に考えれば勝てない。
明日と言わず1ヶ月後くらいに回して鍛え直す必要がある。

そんな刃牙を放っておいてジャックの次は勇次郎が動いちゃうか?
気の速い話だが地上最強VS史上最強のビッグマッチの完成だ。
勇次郎ならばピクルの真の本気と真っ向からぶつかり合えることであろう。
こうして勇次郎が考案した攻略法を刃牙はなぞるのだ!
…ダメだ。ダメダメ主人公じゃねえか。



Weekly BAKIのTOPに戻る